浮きぐさ暮らし

猫飼い転妻の備忘録と雑記

心を自由にするために、やりたくないからやっていない3つの事。

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こんにちは!藤間です。

 

いま何をしたいのかがぼんやりとしていたので、自分を知るために「夢にときめけ!明日にきらめけ!私のやりたいことリストを公開」を書きました。

 

リストにして書き出して見た結果、「私はあれが欲しい!これが欲しい!」という物欲よりも、「あれがしたい!これがしたい!」という行動欲が強いことがわかり、自分のことながら大変興味深かったです。

 

では逆に自分はなにをやりたくないのか。

リスト化してみようとも思いましたが、やりたくない事は自分の中でかなりハッキリしているのでやめました!

 

細かいことは色々ありますが、やりたくない事なかでも自分の心を締め付けない為にやらない事を3つあげてみました。

私がやりたくないからやっていない3つの事

私のやりたくない事は大抵、人付き合いをやめればやらなくて済むことです(笑)

 

現在、幸いにも必要最低限の人付き合いで生活していける環境ですが、ずっとこうして生活していけるかはわかりません。

いまよりもっと「普通に」人付き合いをしていかなければ生活できないこともあるでしょう。

 

人は完全に1人で生きていくことなんてできませんからね。

 

どういった環境であっても絶対に軸をぶらしたくない私の“やりたくない事”です。

1.“自分以外”が喜ぶことはやらない

良く思われたいが為に、常に人の顔色を伺いながら生きている事がありました。

気を使って、神経をすり減らし、もしかしたら・・・と悪い方向だけに予測して1人で勝手に落ち込んでしまう。

 

めちゃくちゃ疲れます。

今もそういう事が全くないかと言えば、嘘になってしまうかもしれませんが昔よりずっと自分本位に振る舞うことが多くなりました。

 

自分を殺して、他人のためだけになる行為は、達成しても苦労に見合った満足感が得られません。

 

「あなたの為にやったのに!」

「本当はやりたくなかったけど、あなたがそう望んだから・・・」

 

そんな動機でやった事は、やられた方からすると実は自分が思っているほどたいした事じゃなかったりします。

そうするとどうしても不満がでてしまう。

「お礼が無い」「見返りがない」「私の苦労がわかっていない」

やりたくなくても他人の為に頑張ったのに、なんの喜びもなく不平不満が残るだけなんて、こんな悲しいことがあるでしょうか。

 

  • 自分には一銭もならないサービス残業
  • 返ってこないことが明白なのにお金を貸すこと
  • 具合が悪いのに家事を無理してすること

どれも自分以外は喜びますが、自分の幸せに繋がる事だとは思えません。

 

だからやらない。やりたくない!

2.失敗を他人にせいにしない

小さな事でも大きな事でも、人生で決断をしなければならない場面はたくさんあるでしょう。

 

しかしその決断が正しいかは後にならないとわかりませんよね。

最善だけを選択し続けることは不可能ですから、時には失敗もあります。

 

そんな時に「あの人があー言った」「ここにこう書いてあった」「皆が大丈夫だと言ったから」と、失敗を誰かのせいにしない事にしています。

 

私はとても優柔不断なので、迷った時に誰かから助言を受けたり、何かを参考にすることはもちろんあります。

でもそれで失敗したとしても、最後に何を選択したかは自分で決めた事!

アドバイスを貰ってそれを採用したのも自分ですし、もっと言えばアドバイスを貰おうと決めたのも自分です。

 

最後の決断を下したのは他の誰でもなく自分であるとわかっていれば、その失敗を反省して次に繋げることができるでしょう。

 

失敗を自分以外の誰かにせいにしても腐るだけです。

どうせなら失敗をバネに成長したいですよね。

3.自分が知らない事は否定をしないし肯定もしない

見てもないのに批判をしたり、噂だけで人を嫌ったり、食べてもないものを悪く言う事はしません。

逆に、知りもしないものを絶賛したり、会ったこともない人を全肯定したり、味もわからないものをおすすめしたりしません。

 

自分でわらかないものに良いも悪いもないんじゃないでしょうか?

 

否定的な意見をするのにも、食わず嫌いで文句だけ言うのはただのクレーマーです。

しかし、ちゃんと知った上での文句ならば、それはただの文句ではなく『意見』になります。

 

 

知りもしないのに人を否定してしまうのが、悪口や陰口です。

残念ですが人の悪口や陰口を言う人はどこにでもいます。

それはその人が見て、知って、体感した上での『感想』ですから、言うこと事態は仕方のない事だと思います。

 

でも私はその人に同意はしません。でもその人個人の感想なので否定もしません。

悪口に聞こえる『感想』に共感できることがある時は、事実だけ同意することはありすけどね。

 

例えば

  • 「あの人は遅刻ばっかりだ」→ 事実なので同意はする
  • 「だからあの人はだらしが無くて、無責任だから他の事も適当にやるはずだ」→想像であって自分にはわかりかねるので肯定も否定もしない。

悪く言っちゃうと八方美人なのかもしれませんが・・・。

 

稀に完全に想像だけで悪口を言う人がいますが、こういう人に限って周りに同意を求めてきませんか?

あなたもそう思うでしょ?って。

 

こういう人の前で肯定しちゃうと、あの人が言ってたわよ!とか皆そう言ってるわよ!って巻き込まれるんですよね。

下手をすると自分が“悪口を言った人”にされてしまう。

 

負の感情は撒き散らしてもまとわりつくだけで、減ることはありません。

 

口は災いの元。

お口チャックですよ。

やりたくなくても他人に迷惑はかけてはいけない

「やりたくないことはストレスになるからぜーんぶやらない!」というのも結構ですが、それでは生きていけないので線引きも大事です。

 

私は結構やりたくない事をやっていませんが、やらないことで人の迷惑になってしまうことは頑張ります。

根底はやりたくないので手伝って貰ったり、できるだけ自分の負担が軽くなるように調整はしますけどね(笑)

おわりに

やりたくない事を避け続けることは逃げだと言う人もいますが、そのやりたくない事の質によりますよね。

努力をしたくないだけでやりたくないのか、頑張ることで傷ついてしまうからやりたくないのか。

 

やりたくないことリストを作るというのは、どういう『やりたくない』なのか本質をみるためにあるのかもしれないと思えました。

自分の心を蝕んで、苦しくなってしまう『やりたくないこと』ならば、避けることは必要です。

 

逃げるは恥だがなんとやらとも言いましたしね! 

 

お読みいただきありがとうございます!